2025年6月25日 (水) 5:03
プラトンの衝撃
小学校の社会科では、憲法を学ぶ。 憲法の三原則は、国民主権、平和主義、基本的人権の尊重。 つまり、日本国憲法では、日本国が民主主義国家であることを明文化している。 この頃の私は、民主主義こそが最強の政治体制だと信じていた。 民主主義は、学級会と同じで、多数決によって、物事を決める。 小学生の私にとっては、非常にプレーンで分かりやすい概念だった。 しかし、高校の政治・経済の授業で、 プラトンの「国家」に触れたことで、 民主主義に疑問を持つようになる。 プラトンは、国家の中で、理想的な政治体制について語っている。 この世で最も悪い政治は、世襲による政治、その次に良くないのが、民主主義。 最も理想的なのは、賢者による寡頭制だ。 世襲政治がダメなことは言うまでもない。 しかし、プラトンは、なぜ民主主義までも、悪政と言い切ったのだろうか? 民主主義が正常に機能するためには、 国民の大多数が賢者でなければならないが、 大多数の国民は、愚か者だ。 その典型例と言えるのが、小泉政権時代に生まれたB層という概念だ。 小泉時代の選挙戦略では、有権者を、 4つのグループに分けて戦略を立てていた。 IQが高く、構造改革に肯定的な人はA層。 外資系や専門職、マスゴミ関係者に多い。 構造改革に肯定的でも、IQが低い人がB層。 主婦層やシルバーに多く、メディアの報道に流されやすい傾向にある。 IQが高く、構造改革に否定的な人はC層。 構造改革の危険性を理解し、周知する人たちだ。 公務員や一部の大学教授や学者などが多い。 このうち、IQが低い人たちが、D層で、 自営業者に多いと言われている。 小泉政権が注目したのは、B層だ。 私利私欲に塗れた支配者たちは、小泉元総理を傀儡とし、 意のままに、B層の民意を操った。 郵政民営化について、議論するつもりはないが、 郵政民営化が決定された過程には疑問を感じる。 これは、人民の人民による人民のための政治じゃない。 バカのバカによる支配者のための政治だ。 これこそが、プラトンの指摘する民主主義の欠点なのである。 プラトンの理想は寡頭制だ。 寡頭制とは、心の底から国を愛している賢者に、政権を担わせる政治形態だ。 しかし、賢者を定義することは難しく、 寡頭制を実現することは困難を極める。 ゆえに、最もマシであろう民主主義を採用する国が多い。 民主主義が正常に機能するためには、教育が必須だ。 私は、義務教育9年+4年制の夜間高校と、 通算13年の公的教育を受けてきたが、 日本の教育には、概ね満足している。 中学では、偏差値教育のみならず、 道徳教育が徹底されていて、 生きる上で必要な社会性を身につけることができた。 夜間高校は、受験のための勉強はできないか、 自分たちでクラスを治める自治性や、 自分の頭で考える力を身につけることができた。 知的好奇心が旺盛だったことも、教育をものにできた要因の一つだろう。 私には、どんなことでも学んでやろうという貪欲さがある。 勉強といえば、賢い人から学ぶイメージがあるが、 その気になれば、ホームレスからも学べる。 しかし、全ての国民に、それを求めるのは難しい。 ゆえに、民主主義の成熟には、まだまだ時間がかかるだろう。 人間には、社会をより良くしようと、試行錯誤してきた歴史がある。 政治に完璧はないが、社会をより良くしたいと思う心があれば、 少しでもマシな社会は作れるはずだ。 私も、1人の日本国民として、 より良い社会を作ることに貢献したい。